Daydreaming

思ったこと、感じたこと

必死に耐える豚

f:id:BurnTheWitch:20170613213317j:plain

 美少女がたくさん出てくるアニメは萌えアニメとも呼称されるが、私は親しみを込めて豚アニメと呼ばせてもらっている。これには「百合アニメ」なども含まれるかもしれない。

 

 私が深夜アニメを積極的に見るようになったのは「PSYCHO-PASS」が始まりだ。それ以降、アニメの魅力に気づき、いろいろなアニメを見るようになった(それ以前にも「ガンダム00」や「ハガレン」などは見ていたものの)。

 

 その当時の私であれば、豚アニメを見ようとは思わなかっただろう。固いアニメ、固い映画ばかり見ていたので、豚アニメをチープなもの、気恥ずかしいものだと感じていたのだ。しかし、いくつかそういったものに触れていくうち、考えが変わった。無意味なものを、無意味なままで大切に思えるようになったのだ。また、Twitterなどによる交流を通じて、「正しくない」楽しみ方を知り、新たな視点を得たということも要因として挙げられる。

 

 私は不満足な豚で在りたいと常々考えている。

広告を非表示にする

ギャンブル

 
f:id:BurnTheWitch:20170613210724j:image
 私の友人の中には、競馬、パチスロなどのギャンブルに興じる人が何人かいる。パチスロの実機を自宅に所有する人もいるくらいだ。彼らは時に勝利し大金を手に入れ、時に敗北し生活費を失う。「36000円のプリン」「50000円のラーメン」などといった敗北の婉曲的表現を目にしたことのある人も多いと思う。

 

 私自身は中毒性を恐れてそれらのギャンブルに興じないが、ブラックジャックやポーカーなどのトランプを使ったギャンブルゲームには興味がある。それは主に技術的興味と物語的興味だ。

 

 技術的興味としては、AI対人間のポーカー対決が挙げられる。AIが人間のプロ相手に勝利を収めたというニュースを見て、AIの可能性が広がったことを感じた。AIが勝利した理由としては、人間なら到底(心理的に)賭けられない額をベットできる、メンタルに左右されず手を打てるなどがあるらしい。相手の役が見えない不完全情報ゲームでもAIが勝てるようになったことで、他の分野でも開発が進むのではないか、と期待している。

 

 物語においては、そういったギャンブルが重要な要素となることが多い。「ライアーゲーム」や「マルドゥック・スクランブル」はそのいい例だろう(最近だと「賭博師は祈らない」が面白かった。レビューは書かないがぜひ読んでみてほしい)。こうした物語では、登場人物の頭脳戦を通して、心理が、成長が描かれる。そのとき、ギャンブルは心を映す鏡として機能し、物語に彩を添える。

 

 人生がギャンブルなので自分からやろうとは思わないが、統計学やブラフの掛け方を勉強してみるのも面白いかもしれない。麻雀のルール(役)覚えようかな、と思っていたら3年が経ってしまった。

 

 

 

 

広告を非表示にする

恋文の技術


f:id:BurnTheWitch:20170613210546j:image
 森見登美彦「恋文の技術」を読んだ。いわゆる書簡体小説で、手紙の形式で話が進んでいく。主人公が友人たちに手紙を書き続け、くだらないやりとりをするが、大切な人への手紙は出せずにいる―といった内容だ。この作品の面白かったところは、手紙への返信が描写されないところだ。主人公の書く手紙から内容を類推するわけだが、その内容が荒唐無稽で、楽しい。どこかで見たことのあるようなキャラクターも登場し、森見ワールドが展開していく。

 

 私が森見作品に触れるきっかけになったのは「四畳半神話大系」のアニメだ。独特の語り口、世界観が癖になり、繰り返しみるようになった。その後友人たちの薦めもあり、いくつか作品を読むに至った。基本的には京都で大学生が悪ふざけをするだけの話が多いが、魅せ方が各作品で違い、どの作品も楽しく読める。最近読んだものだと「新釈 走れメロス」が面白かった。腐れ大学生の物語は、我々に勇気を与えてくれる。友情とは何か、についても考えさせられた。

 

 「夜は短し歩けよ乙女」の映画は上級者向け過ぎると思った。アレを初見で理解しろと言われても無理な話だろう。私は面白かったけど。

広告を非表示にする

てーきゅう

 私はアニメ「てーきゅう」が好きだ。1話から現在まで欠かさず見ている(と思う)。このアニメについて少し書きたいと思う。

 f:id:BurnTheWitch:20161122220954j:plain

 「てーきゅう」は現在8期が放送されている、約2分のアニメだ。主要登場人物はテニス部に所属しているが、テニスが行われることはほとんどなく、日常生活がギャグ密度高めで進んでいく。

 魅力はとにかくテンポが早いことだ。中割りを挟まないことで、会話の速度が普通のアニメの2倍くらいになっている。これによって、ギャグの勢いが上がっている。また、つまらない部分があっても、全体として大きなダメージにはならない。作画崩壊が起こらないことの助けにもなっている(何が崩壊しているのか気づかない可能性もあるが)

 長く続いていることも面白さの一因だ。普段ボケ側のキャラがツッコミに回る、世界観の拡大の許容、第四の壁の破壊など、8期という深夜アニメではありえないスパンでやっているからこそ許される所業が、物語の面白さを加速している。

 

 徹底的に手数の多さと勢いで攻めるタイプのアニメだが、不思議と疲れる感覚はない。私にとっては、一種の癒し系アニメとして機能している。願わくば10期、20期と続いてほしい。

広告を非表示にする

奇蹟がくれた数式

 
f:id:BurnTheWitch:20170613210510j:image
映画「奇蹟がくれた数式」を劇場で観てきた。第一次世界大戦中のイギリスにおける、二人の数学者―ラマヌジャンとハーディ―の研究、交流を描いた物語である。ほぼ実話なのでネタバレも何もないのだが、ここではラマヌジャンとその背景について書きたいと思う。

 

 私がラマヌジャンの名前を知ったのは、藤原正彦のベストセラー「国家の品格」に於いてそのエピソードが語られていたからだ。その項目(膨大な定理の発見、そしてその未証明、タクシー数)を読み、その名が頭の片隅に残っていた。そして今回、ラマヌジャンの映画が公開されると知り、鑑賞に至った。

 

 内容としては目新しい点は特になかった―しかし、考えさせられる点は多かった。ラマヌジャンは大学を出ていなかった。そのせいで彼は「証明」をすることがなく、彼の発見は認められるのに長い時間を要した。しかし、彼が正規の数学教育を受けていたら、果たして彼の独創性は発揮されただろうか。教育に求められる役割とは何か、考えさせられる部分だと思った。

 

 この映画で私がむしろ興味を持ったのはハーディについてだ。彼はもちろん物語のキーパーソンだが、作中で彼のパーソナルな部分については全く描かれていない。彼の著書があるらしいので、読んでみたいと思っている。

 

 タクシー数のエピソードは脚色されているが、映画の演出の方が素敵だと思った。

広告を非表示にする

プラダを着た悪魔/マイ・インターン


f:id:BurnTheWitch:20170613210328j:image
f:id:BurnTheWitch:20170613210337j:image

 キャリアウーマンが活躍する映画は、女性の社会進出によって一定の需要が生み出され、働く女性たちの人気を得てきた。タイトルの2作は、どちらもやり手の女社長がキーマンとなる作品であり、両作には女優のアン・ハサウェイが出演している。

 

 「プラダを着た悪魔」(2006)では、実在の人物をモデルとしたファッション雑誌の鬼編集長に、アン・ハサウェイ演じる新人アシスタントが振り回される。一方「マイ・インターン」(2015)では、アン・ハサウェイがファッション通販サイトの若手社長としてキャスティングされている。一瞬この2作は連作なのかと思ったが、そんなことはなかった(おそらく制作サイドの遊び心と話題作りだろう)。

 

 働く女性にスポットを当てている点では同じだが、2作のアプローチは異なる。「プラダ」では、とにかく働くこと、有能であることが美徳とされる世界が描かれた。「マイ・インターン」では、仕事だけでなく家庭を顧みることの大切さが描かれている。10年経って、女性の社会でのあり方が変わってきた、また男性のあり方も変わってきた、ということだろうか。2作とも良作なので見て欲しいと思う。

 

 「女性が働ける社会」になったのではなくて「女性も働かなければならない社会」になってしまっただけだと思うのは私だけだろうか。

古書店

 本を買うときの選択肢として、私も電子書籍を考慮するようになった。持ち運びが容易だし、読みたい部分の検索も容易だ。最近は電子ペーパーの購入も検討している。

 ただ、電子書籍は時折各社でセールを行うものの、まだ「中古」という概念が薄い。なので私は安く本を買うため、未だにBOOK-OFFやAmazonを見に行く。

 

 「ビブリア古書堂の事件手帖」のヒット以降、古書店をテーマとする作品が増えたように思う。私も古書店に多少興味を持ったので、出先で見かけたときは立ち寄るようにしている。

 以前神戸を訪れたとき、高速神戸駅の通路に古書がたくさん置いてあるのを見かけた。俳句の歌集からかなり色褪せたエロ本まで、様々な本が売られていた。(今名前を調べたら)「メトロ神戸古書の街」というらしい。いくつかの書店が通路の横にまとめて店を出していて、レトロな雰囲気を醸し出していた。f:id:BurnTheWitch:20161029215710j:plain

 また、有名ではあるが、東大や早大などの名門大学の近くには、多くの古書店が店を構えている。学生たちに学術書や小説を売り、また買うことで、一種の文化を形成してきた。古書が辿ってきた歴史は、学生が、そして街が辿ってきた歴史でもあるのだ。

 

 古書店には、店ごとに特色があり、また普段ならまず出会えない、検索しない一冊に出会える可能性がある。私もインターネットで本を買うことが多いが、たまには「書を求め、街に出て」みてもいいかもしれない。


 といってもやはり電子書籍は快適だ。古い書籍を安売りしてくれれば、もっと普及する(作家にも利益が出る)と思うのだけど、何かあるのだろうか。あるのだろう。

 

 

広告を非表示にする